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鹿児島地方裁判所 平成5年(ワ)336号 判決 1994年7月18日

原告 U・I

法定代理人親権者父 U・T

同母 U・H

被告 国

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金265万円及び内金110万円に対しては平成5年4月20日から、内金155万円に対しては同年8月10日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告(昭和49年11月28日生)が、少年保護事件において、担当の各裁判官から違法な観護措置により身柄を拘束されたとして、被告に対し、国家賠償法1条1項による損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  原告は、平成5年1月19日、強制わいせつ未遂事件(平成4年12月17日午前7時50分ころ、鹿児島市○○町××番×号△△マンションにおいて発生した、登校途中の10歳の女子小学生に対する強制わいせつ未遂事件)の被疑者として逮捕され、平成5年1月21日から2月9日まで勾留された(甲5、7)。

2  同事件は、右2月9日鹿児島家庭裁判所に送致されたが(平成5年(少)第111号強制わいせつ未遂保護事件、以下「A事件」という。)、担当の同裁判所裁判官甲は、即日、A事件につき、原告を鹿児島少年鑑別所に送致する旨の観護措置決定をし、翌10日、同裁判所調査官に対する調査命令を発した上、第1回審判期日を同月26日に指定した(なお、同裁判官は、同月18日、右観護措置を同月23日から更新する旨の決定をしている。)。

3  右観護措置中の2月18日、原告に対する、別件の強制わいせつ未遂被疑事件(平成5年1月8日午後1時20分ころ、鹿児島市○○町××番××号○○ビルにおいて発生した、下校途中の12歳の女子中学生に対する強制わいせつ未遂事件)が鹿児島家庭裁判所に追送致されたため(平成5年(少)第140号強制わいせつ未遂保護事件、以下「B事件」という。)、同日、甲裁判官は、B事件についても調査命令を発した。

4  甲裁判官は、同月26日、A事件につき、前記指定済みの第1回審判期日を開き、さらに、3月1日、B事件を併合した上、A、B両事件について第2回審判期日を開いたが、右同日、A事件についての前記観護措置を取り消した上、改めて、B事件につき、原告を鹿児島少年鑑別所に送致する旨の観護措置決定をした(なお、右観護措置についても、同裁判官は、同月12日、これを同月15日から更新する旨の決定をしている。)。

その後、同裁判官は、第3回、第4回と審判期日を重ね、A、B両事件に先行する鹿児島家庭裁判所平成4年(少)第1405号窃盗保護事件(以下「C事件」という。なお、同事件により、原告は平成4年12月10日から試験観察中であった。)を併合した上、3月18日開かれた第5回審判期日において、A、B及びC事件につき、原告を中等少年院に送致する旨の決定をした。

5  右決定に対し原告は抗告したが、抗告裁判所である福岡高等裁判所宮崎支部は、4月26日、同決定には、送致を受けた非行事実の全部を認定しながら決定書にその一部の非行事実及びそれに対する適用法令の記載を逸脱した違法があるとして、これを取り消し、事件を鹿児島家庭裁判所に差し戻す旨の決定をした。

これを受けて同裁判所は、右差し戻された事件を平成5年(少)第469号窃盗、強制わいせつ未遂保護事件(以下「D事件」という。)として立件し、担当の同裁判所裁判官乙において、原告の身柄が大分少年院から送り返された同月28日、D事件につき、原告を鹿児島少年鑑別所に送致する旨の観護措置決定をし、さらに、5月11日開かれた審判期日において、原告を中等少年院に送致する旨の決定をした。

6  右決定に対しても原告は抗告したが、抗告裁判所である福岡高等裁判所宮崎支部は、7月22日、抗告棄却の決定をした(但し、B事件については、非行事実の証明がないとした。)(乙一)。

これに対し、原告はさらに、8月6日、再抗告の申立をしたが、再抗告裁判所である最高裁判所は、11月24日、抗告棄却の決定(平成5年(し)第96号)をした。なお、同裁判所は、右決定中で、職権により、「少年法17条1項に定める観護の措置は審判を行うためのものであることに照らすと、家庭裁判所は、抗告裁判所から差戻しを受けた事件が先に同項2号の観護の措置が採られたものであったとしても、右事件については、更に審判をしなければならないのであるから、その審判を行うため必要があるときは、同条1項に基づき、同項2号の観護の措置を改めて採ることができ、その場合の少年鑑別所に収容する期間は先に採られた観護の措置の残りの収容期間に限られないと解するのが相当である」との判断を示している(乙三)。

二  原告の主張

1  (一) 原告は、甲裁判官のとった観護措置により平成5年2月9日から3月18日までの合計38日間、乙裁判官のとった観護措置により同年4月28日から5月11日までの14日間、それぞれ少年鑑別所に収容された。

しかし、右甲裁判官による身柄拘束期間のうち、4週間を越える平成5年3月9日から18日までの10日間の身柄拘束は、少年鑑別所送致による観護措置(同条1項2号)の期間は通じて4週間を越えることができないとした少年法17条6項の制限を逸脱するものであり、また、乙裁判官による身柄拘束も、同法に全く規定のない差戻し後の観護措置によるものであるのみならず、既に甲裁判官によって4週間の期間を越えて観護措置がなされた後の身柄拘束であるから、いずれも、少年法17条6項、憲法31条、34条、41条、89条2項並びに児童の権利に関する条約37条、40条、少年司法運営に関する国連最低基準規則10条2項、13条、自由を奪われた少年の保護に関する国連規則17条等に違反する違法なものである。

そして、右違法拘束は、被告の公権力の行使に当たる特別職公務員である甲及び乙両裁判官が、少年審判官として職務を行うに当たり、その付与された権限の趣旨に明らかに背いてなしたものであるから、被告にはこれによって生じた損害を賠償すべき義務がある。

(二) 右違法拘束による慰謝料としては、甲裁判官による身柄拘束につき100万円、乙裁判官による身柄拘束につき140万円をもって相当とし、また原告は、本件訴訟追行のため、前者につき10万円、後者につき15万円の弁護士費用を必要とした。

2  (一) 被告の主張1について

観護措置は、保護処分の選択等に供するための少年の心身鑑別を目的とするので、これが人に向けられたものであることは明白であり、事件の数に関係なく、少年法17条6項所定の4週間の範囲内でなされるべきものであるから、追送致の有無にかかわらず、その期間は4週間に限られると解すべきである。また、このように解さないと、追送致があった場合には逮捕勾留も含めて最大限79日間もの身柄拘束が可能となるが、かかる長期間の身柄拘束が、少年に対する適正手続の保障を強調し、その身柄拘束は、最後の手段として必要最小限の期間でのみ許されるとした、児童の権利に関する条約37条、40条、少年司法運営に関する国連最低基準規則13条、10条2項、自由を奪われた少年の保護に関する国連規則7条等の規定に抵触することは明らかである。

(二) 被告の主張2について

被告の依拠する最高裁判所決定の判示は、右(一)に述べたような、少年の拘束を必要最小限にとどめようとする視点を全く欠いている等、前項掲記の各規定に違反するものといわざるを得ないから、右決定のみを根拠にD事件についてとられた観護措置を適法とすることはできない。

(三) 被告の主張3について

少年保護事件においては、違法な観護措置に対する救済制度が手続中に存在しないばかりか、少年保護事件に係る補償法も、裁判官による少年の身柄拘束自体に違法がある場合に関する補償を規定するものではない。したがって、本件のような場合には、被告主張のような、裁判に関する国家賠償についての一般論は妥当せず、憲法17条の趣旨により、裁判官の悪意ないし不法目的等の有無に関係なく、客観的に違法な観護措置についてはすべて国家賠償法1条1項による賠償責任を肯定すべきである。

二  被告の主張

1  少年保護事件における審判の対象は非行事実と要保護性であり、事件は少年と非行事実によって特定されるから、観護措置も事件を単位に考えるべきである。したがって、ある事件について一旦観護措置をとった後、同一少年に対して他の事件が追送致され、これにつき新たに観護措置をとる必要がある場合は、追送致された事件について改めて観護措置をとることができ、その期間も、新たな観護措置である以上、最大限4週間と解すべきである。

本件において、B事件についてとられた観護措置は、更新も含めて平成5年3月1日から18日までの18日間であり、4週間以内であるから適法であり、原告が違法とする同月9日から18日までの身柄拘束も、右観護措置によるものとして適法である。

2  また、D事件についてとられた観護措置についても、前示最高裁判所決定の趣旨に鑑みれば、その適法なことは明らかである。

3  のみならず、仮に裁判官のした裁判に何らかの瑕疵が存在したとしても、これによって当然に国家賠償法1条1項による国の賠償責任が生じるものではなく、当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判したなど、その付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情がある場合にはじめて賠償責任が生じると解すべきところ、本件においては、右のような特別の事情は全く認められないから、この点からしても、被告が賠償責任を負うべきいわれはない。

第三判断

一  まず、平成5年3月1日から18日までの身柄拘束に関し、その根拠となったB事件についての観護措置につき検討する。

本件におけるように、ある事件につき家庭裁判所が少年を観護措置に付した後に、同一少年に対し他の事件が追送致された場合、追送致された事件について審判を行うために新たに観護措置をとる必要があるときは、右追送致された事件について改めて観護措置をとり、その更新をすることもできると解すべきであり、その期間も、最大限4週間と解するのが相当である。けだし、少年保護事件における審判の対象は非行事実と要保護性であって、事件は少年と非行事実によって特定されるものであり、また、原告主張の心身鑑別等も非行事実との関連を捨象してはなし得ないところであるから、観護措置も事件単位で考えるのを相当とするからである。このように解しても、少年法の明文に反することにはならず、原告が主張するその他の法令又は条約等の規定又はその精神にも反しない。

また、前記観護措置の必要があるとした担当裁判官の判断についてみても、原告がA事件で鹿児島家庭裁判所に送致されるに至った経緯、同事件が送致されてからB事件が送致されるまでの期間、その後の審判の状況、B事件の受理から終局に至るまでの期間、事案の性質、殊に原告には同種の前歴があった上(乙一)、A、B両事件の送致前からC事件で試験観察中であったことや原告の年齢等に鑑みると、それまでの原告に対する身柄拘束等の事情や原告主張の各規定又はその精神を考慮しても、右判断に原告主張のような違法は認められない。

B事件についての観護措置に基づく前記原告の身柄拘束は適法である。

二  次に、平成5年4月28日から5月11日までの身柄拘束に関し、その根拠となったD事件についての観護措置につき検討する。

本件におけるように、家庭裁判所が抗告裁判所から差戻しを受けた事件について、更に審判を行うために必要があるときは、改めて観護措置をとることができ、その期間は、差戻し前に採られた観護措置の残りの期間に限られないと解するのを相当とする。(前示の最高裁判所決定参照)。そして、原告がA事件で鹿児島家庭裁判所に送致されるに至った経緯等、前項で述べた事情のほか、D事件の受理に至る経緯、同事件の受理から終結に至るまでの期間等に照らせば、それまでの身柄拘束等の事情を考慮しても、D事件につき、観護措置が必要であるとした担当裁判官の判断に原告主張のような違法は認められず、また、原告主張の各法規又はその精神に反するものでもない。

D事件についての観護措置に基づく前記原告の身柄拘束も適法である。

三  以上によれば、原告の本訴各請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官 小野洋一 裁判官 久留島群一 中平健)

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